春香の大きな家


作 高良福三

序 配達された一枚の葉書

今日も時計坂は、辺り一面、蝉時雨が立ち込めていた。真夏の茹だるような暑さに、一刻館の屋根瓦も陽炎(かぎろ)い立っていた。太陽だけが煌々(こうこう)と地面を照り付けている。玄関の石段には、屋根の影がくっきりと明暗を画していた。庭を見渡せば、槿(むくげ)の花もだいぶ萎みかけている。一面に生い茂る芝生だけが青々として、目に沁みるようだった。灼熱と化した石段の横に、惣一郎の犬小屋がぽつんと短い影を落としていた。中では、惣一郎が長い舌を出したまま絶えず息を切らせていた。
 ちりーん、ちりーん…。
ときおり南部風鈴の音が裏庭から聞こえる。昼の一刻館は閑寂としていた。突然そのしじまを破るかのように、ドタドタと廊下を踏み鳴らす音がした。玄関の扉が乱暴に開いた。
 「そういちろうさん!」
 「ほら、春香。ちゃんとお帽子、被(かぶ)りなさい」
 「えー」
 「もうっ、ほら。ちゃんと被らないと、日射病になりますよ」
響子と春香だった。響子は手に鎌とゴミ袋をぶら提げている。これから草取りをするようだ。
 「そういちろうさん、おげんきですか?」
 「はっはっはっ…」
惣一郎は返事をする元気もないらしい。
 「春香、惣一郎さんは暑くて大変なのよ。お水でもお上げなさい」
 「はーい」
春香が脇の蛇口を捻ると、滝のような微温(ぬるま)湯が迸(ほとばし)った。
 「きゃっ!あつーい」
 「暫く出しっ放しにしておきなさい。直に冷たくなるから」
溢れた水道の水は、みるみる地面に吸い込まれていった。
 「はい、そういちろうさん。おみず、どうぞ」
春香は惣一郎に水を遣った。
 「ばう」
惣一郎は一心不乱に水を飲んだ。春香は小首を傾げて、惣一郎が水を飲む様子を眺めた。その間、響子は腰を屈めて黙々と雑草を刈っていた。
 ザクッザクッ…。
鎌の音が頼もしい。
 「ばうー」
惣一郎は水を飲み干すと、春香に遊んでもらいたいらしく、ごろんと仰向けになった。春香は面白がって惣一郎の腹を撫でていた。そこへけたたましいバイクの音がした。
 「郵便でーす」
配達夫が響子に郵便物を手渡した。
 「あ、ご苦労様です」
配達夫は何も言わずヘルメットに手を遣ると、ブーンというエンジン音とともに走り去った。響子は何気なくバイクを見送り、額の汗を拭いながら、郵便物をひとつひとつ確かめ始めた。
 「えーと、これは一の瀬さん…。これは家と…」
すると郵便物の中から鯣(するめ)の干物が出てきた。そこには文字が書いてあった。響子は少し驚きながら、文字を読んだ。
 「四谷様…?まぁ、ちゃんと切手も貼ってある」
 「へぇ、こんなのでも本当に届くのねぇ」
響子は呆気に取られていた。すると下から声がした。
 「ママ、それなーに?」
 「春香、これはお手紙ですよ」
 「ほら」
響子は春香の前に郵便物を広げて見せた。
 「おてがみ!おてがみ!」
 「はるかも、おてがみ、みる!」
 「はいはい。後でね」
響子は春香を優しく往なした。
 「えーと…五代裕作様、響子様?あら、あたしたち宛だわ」
葉書を手に取ってよく見る。
 「ゆかり…。まぁ!五代さんのおばあちゃんからだわ!」
 「春香、新潟のおばあちゃんからお手紙よ!」
久し振りの便りに、響子はしごく嬉しそうだった。
 「にいがたのおばあちゃん?」
 「そう。いつも来るおばあちゃんとは違うのよ。あれは東京のおばあちゃん。つまりママのママのことね」
 「それでこっちはパパのおばあちゃん。つまり春香のひいおばあちゃんよ」
 「ひいおばあちゃん?」
春香は初めて聞くことばに口をぽかんと開けた。
 「そう。ひいおばあちゃん」
 「うーん、でも春香は覚えてないかもね…」
響子の目が遠くなった。
 「春香はまだ赤ちゃんだったから」
春香は腕を一杯に伸ばしてぴょんぴょんと跳ねた。
 「はるか、ひいおばあちゃんのおてがみ、みる」
 「はいはい。お葉書、お部屋に帰ってから読みましょうね」
響子は草取りの道具を携えると、春香の手を牽いて一刻館に入って行った。刈られた雑草が入ったゴミ袋は、立ち込める蒸気が結露して、水滴が付いていた。植栽の木洩れ日は風に揺れて、塀に複雑なモザイク模様を浮かび上がらせていた。今日も暑い昼下がりになりそうだった。



一 BACHAN IN TOKIO

日が暮れて鳥たちが塒(ねぐら)に帰って行く。そんな鳥たちを眺めながら、五代は時計坂を登っていた。
 「日が長くなったよなぁ。帰りの時間なのに、まだこんなに明るいんだ…」
今日の五代は早番だった。
 「ばう!」
惣一郎が振り返る。
 「ただいま」
 「お帰りなさい」
響子が勇み足で五代を出迎えた。五代は身構えた。
 「ん?何かあったの?」
 「えぇ。今日、新潟のおばあちゃんからお葉書が…」
 「え?ばあちゃんから?」
五代はあからさまに嫌な顔をした。
 「何かな?」
 「お部屋でゆっくりお話します」
 「え?あぁ…」
五代は、半ば冷や汗を掻きながら響子に従(つ)いて行った。ふたりが管理人室に入ると、1号室のドアがそうっと開いた。
 「へぇ、あのおばあちゃんから…」
一の瀬の顔は頗(すこぶ)る嬉しそうだった。五代は何か嫌なことが起こる予感がしていた。
 「パパ!おかえりなさい」
 「やぁ、春香。今日もいい子にしてたかな?」
 「うん!」
 「よしよし」
管理人室の五代は、すっかりマイホームパパだった。
 「響子。それで、ばあちゃんの葉書って…?」
 「そうそう。あのね、おばあちゃんが近々東京にいらっしゃるんですって」
 「いつ?」
 「それが…肝腎なことが書いてないのよね。でも、とにかく春香を見に来るんですって」
 「全く。ばあちゃんのやることは、いっつも突然なんだから」
 「いいじゃないですか。おばあちゃん、春香が生まれたときも、凄く喜んで下すったし」
 「まぁ、とにかく…。おふくろに電話で確かめてみるよ」
 「そうして下さる?」
五代はぶつぶつ言いながら電話に向かった。
 「あぁ、おふくろ?俺。裕作」
 「ばあちゃん、こっちへ来るんだって?」
 「うん。うんうん…」
 「それでいつ?新幹線は?」
 「うん、うん…」
響子と春香は、五代の一挙手一投足を食い入るように見詰めていた。五代はふたりに気付くと、弱った顔をして宥(なだ)めるように手で合図をした。
 「分かった。それじゃぁ…。え?…あぁ。響子も春香も元気だよ」
 「宜しく?分かった。言っとく言っとく。じゃぁな」
五代は電話を切ると溜息を吐(つ)いた。
 「どうでした?」
 「今度の水曜日。上野に16時頃だとさ」
 「まぁ。それじゃぁ、お迎えに上がらなきゃ」
 「うん、頼むよ」
 「それからおふくろが響子さんに宜しくだってさ」
 「お義母さまも、そんな気を遣われなくてもいいのに…」
 「いいのいいの」
響子は懸けていたエプロンを脱いだ。
 「さぁ、あなた。ご飯にしましょう」
その日の夜は、何事もなく過ぎていった。

* * *

次の水曜日。響子は管理人室で食事の後片付けなどをしていた。春香は最近五代に買ってもらったミッフィーの絵本を眺めていた。文字はまだ読めないようだが、春香のお気に入りの一冊だった。響子は洗濯もしようと思ったが、今日は止めておいた。近頃毎日のように夕立があるからだ。ゆかりを迎えに行っている間に降られてしまったのでは堪らない。そこで響子は洗濯の代わりに館内清掃をしようと準備をしていた。そこへドアをノックする音がした。
 「はい」
 「管理人さん、ちょっくら邪魔するよ」
一の瀬が興味深々な様子で上がり込んで来た。
 「あ、一の瀬さん。何ですか?」
一の瀬は、にやぁと不敵な笑みを浮かべ、響子ににじり寄った。
 「五代くんのおばあちゃん、どうかしたのかい?」
 「あら、また盗み聞きですか?」
響子は清(す)ました顔で、淡々と館内清掃の準備を進めた。
 「今日、おばあちゃんがいらっしゃるんです」
一の瀬はほくそえんだ。
 「やっぱりねぇ。あたしの睨(にら)んだとおりだったよ」
 「それで、何時頃来るんだい?」
 「えーと…、上野に16時頃だそうです」
そう言って響子は何気なく時計を見た。
 「あら、やだ。もうこんな時間。そろそろお迎えの準備しなくちゃ」
 「そうかい。それじゃぁね、お邪魔さん」
一の瀬は管理人室を出ると、企み顔でピンク電話に向かい、誰かに何やら電話を始めた。
響子は出掛ける準備をすることにした。
 「春香、お着替えしましょう」
 「はーい」
響子と春香は5号室に上がり、早速着替えを始めた。五代のいなくなった5号室は、五代家の荷物置き場兼着替え部屋になっていたのだ。今日の響子は頗る機嫌がよかった。
 「そうね。春香は余所(よそ)行きの可愛いパンツにしましょうか?」
 「わーい!」
響子は春香の服を着替えさせると、自分は薄化粧をし、鏡台に向かって入念にチェックを始めた。
 「これなら派手過ぎないわよね」
 「これでよし!」
響子は自分に言い聞かせた。ふたりは出掛ける準備がすっかり調い、留守を一の瀬に頼むことにした。
 「じゃぁ、一の瀬さん。おばあちゃん、お迎えに行って来ますから、お留守番お願いしますね」
 「あぁ、行っといで」
 「さ、春香…」
ふたりは時計坂を下りて行った。
JR上野駅上越新幹線改札口、15時50分。16時頃といわれて、10分前に行くところが響子の律儀さだ。
 「さぁ。おばあちゃん、いらっしゃるかしら?」
 「おばあちゃん♪おばあちゃん♪」
ゆかりの姿はまだなかった。ふたりは30分くらい待っただろうか、改札口から若者にスーツケースを運んでもらっているゆかりの姿が現れた。響子は春香の手を牽いて思わず駆け寄った。
 「おばあちゃん!」
 「おぉ、響子さん。態々(わざわざ)迎えに来てくれたんかね」
 「ありーがと」
 「いいえ。それより長旅でお疲れでしょ?お荷物、私がお持ちします」
 「わーりぃね」
春香は、初めて見るゆかりに少し恥ずかしい様子だった。折角お洒落をしてきたのに、響子の後ろに隠れてしまった。
 「ほら、春香。新潟のおばあちゃんよ」
 「こんにちはって」
 「う〜ん…」
春香は響子の後ろでもじもじしていた。
 「春香、甘えるんじゃありません。ほら、こんにちはって言いなさい」
 「おばあちゃん…こんにちは」
 「ハイ。こんにちは」
ゆかりはにっこりと春香に笑い掛けた。そして響子の方に振り返り、しみじみと言った。
 「春香ちゃん、いとしげな女っこになったな」
 「ほんに響子さんそっくりら」
 「あら。そんな…」
響子は、はにかみながら俯いたが、そんな自分に気付くと、そそくさとふたりを促した。
 「さぁ、早く行きましょう。何だかお天気も怪しくなってきたみたいですし」
 「そらな。じゃ、行こ行こ」
三人は電車を乗り継ぎ、時計坂へ向かった。車窓から見える空は、段々と雲行きが怪しくなっていった。
 「雨、大丈夫かしら?」
ここのところ、時計坂は毎日のように夕立に見舞われていた。梅雨も完全に明けたようだ。響子の心配どおり、時計坂駅に着いた頃には、雨はすっかり土砂降りになっていた。
 ピカッ…、ガシャーン。
耳を劈(つんざ)くような雷鳴が轟いた。
 「酷い夕立ね。おばあちゃん、そこの喫茶店で暫く雨宿りしていきましょうか?」
 「構わん。タクシー拾おう」
 「え、でも…」
 「子連れにこの荷物じゃ大変らて。俺も歳とったしな」
 「かかかかかか…」
 ピカッ…。
  北の空がまた光った。
 ガシャーン。
響子はゆかりに言われるまま、タクシーを拾った。
夕立の降り頻(しき)る中、タクシーは一刻館の前に止まった。運転手が先に降りてトランクからスーツケースを取り出すと、三人が逃げるように玄関に走って行った。ゆかりは着物の雨露を払っていた。
 「いやー、それにしても凄い雨ら」
 「おばあちゃん、お着物、濡れませんでした?」
 「だいじょぶら。それよりも、春香ちゃんに風邪引かせんようにな」
 「ありがとうございます。さ、春香も行きましょう」
 「うん」
三人は管理人室に向かった。すると1号室のドアが突然開いた。
 「おばあちゃん、いらっしゃい!」
一の瀬が熱烈にゆかりを出迎えた。
 「これはこれは。ご無沙汰してるら」
ゆかりが深々と頭を下げた。
 「いいえぇ、こちらこそ」
一の瀬は上機嫌だった。
 「また、暫くいらっしゃるんですか?」
 「はい。またご厄介になりますて」
 「そうですか。こっちは大喜びですよ」
 「いつまでもいて下さいね」
 「ありーがと。やっぱ一刻館のひとは、いいひとらな」
響子はふたりの会話にぬくもりを感じていた。



二 おばあちゃんだヨ、全員集合!

 「さぁ、どうぞ。散らかってますけど」
響子はゆかりを管理人室に案内した。ちゃぶ台と食器棚以外、家具らしい家具はなかった。
 「ほえ!三人で暮らしてる割には、随分と荷物が少ないんらな」
 「えぇ、まぁ…。あの、いろいろと事情がありまして…」
管理人室は、宴会のために態と広くしてあるのだ。
 「大きな家具などは5号室の方に…」
 「なるほど」
 「さ、どうぞ。楽になすって下さいな」
 「わーりぃね」
響子は春香の濡れた頭を拭いてやると、ゆかりに茶を勧めた。茶を啜(すす)りながら、ゆかりは早速切り出した。
 「裕作の奴はどうかね?」
 「え?」
 「仕事、ちゃんとやってるろっか?」
 「私はそういうこと、よく分からないものですから…」
響子は湯呑の中の茶柱に目を落とした。
 「でも五代さん、毎日お弁当を持って、元気に保育園通ってますよ」
 「ほうか。そりゃいかーった」
ゆかりは満足そうだった。
 「どれ、春香ちゃん。こっちゃ来いや」
 「ほら、春香?おばあちゃんに遊んでもらいなさい」
春香は人見知りするのか、何となくもじもじしていた。
 「済みません。いつもはもっと元気なんですけど…」
 「構わん、構わん。子供なんて、皆そんなもんらて」
 「ほら、春香ちゃん。ひいおばあちゃんら」
ゆかりはおどけた顔をして春香の興味を惹こうとした。響子は微笑ましくその様子を見ていたが、ふと出掛ける前に準備していた清掃用具が目に入った。
 「あ、そうだ。お掃除が途中だったんだわ。でも時間的にもう遅いし…」
 「どうしようかしら」
 「響子さん、俺は別に構わねぇろ」
 「じゃぁ、おばあちゃん。済みませんけど、春香、看ていただいて宜しいでしょうか?」
 「あぁ、任せとけ」
 「ありがとうございます」
響子は早速館内清掃に執り掛かった。響子は一階の廊下からモップ掛けを始めた。窓の外を見れば、夕立もすっかり霽(は)れ上がり、夕焼け空になっていた。
 「明日もいいお天気になりそうね」
響子は玄関でモップを濯(ゆす)いでいた。そこへ一刻館に入って来るひとがいた。
 「こんちゃーっす!」
 「あら、朱美さん」
 「えへへー。五代くんのおばあちゃん、来たんだって?電話でおばさんから聞いちゃった」
 「えぇ、まぁ」
 「これ、旦那(マスター)からの差し入れ…」
朱美はウィスキーのボトルを翳(かざ)した。響子は何を言っていいか分からなかった。朱美は続けた。
 「ああ、管理人さんは仕事続けてて。あたしたち勝手にやってるから」
朱美は響子にお構いなく管理人室に入って行った。朱美の姿を見送りながら、響子は不愉快そうに言った。
 「全く、朱美さんにも困ったものだわ」
 「でも今日はモップ掛けだけでもしとかなくちゃ」
響子は一階の清掃を終えて二階へ上がった。物干台の硝子戸が一面雨で濡れているのが見えた。
 「あ、そうそう。5号室、まだ開けっ放しだった」
5号室は風通しのため、窓とドアを日中開放しているのだ。
 「さっきの夕立でお部屋濡れてないかしら?」
響子が5号室に入ると、やはり窓際の畳が少し濡れていた。
 「やっぱり…」
響子は窓を閉め、急いで畳を雑巾で拭いた。そして5号室の戸締りをすると、また廊下に戻り、物干台の前からモップ掛けを始めた。
 シュッシュ…、シュッシュ…。
響子は丁寧にモップを掛けていた。すると4号室のドアがすーっと開いて、モップの先がドアに当たってしまった。
 「あら…ごめんなさい」
 「管理人さん」
顔を出したのは四谷だった。四谷は慇懃(いんぎん)に響子に尋ねた。
 「五代くんのおばあさまがいらっしゃったというのは本当ですか?」
 「えぇ。本当です。また暫くいらっしゃるみたいですわ」
 「左様ですか。それは悦ばしいことですな」
四谷は腕一杯にツマミを抱えていた。響子がことばを失っていると、四谷は続けた。
 「あーあーあー、管理人さんはお構いなく。我々は我々でやっていますから」
 「どうぞ。お仕事をお続け下さい」
 「はぁ」
響子は段々不安になってきた。  《朱美さんでしょ、四谷さんでしょ。これに一の瀬さんが加わったら、フルメンバーじゃないの》  《おばあちゃんがいらしたから、こうなるいんじゃないかと思ってたけど、やっぱりこうなるのよね》  《やれやれ…》 響子は気を取り直して、モップ掛けを再開した。二階の清掃を済ませると、階段の雑巾掛けをして、モップを持って一階に降りて来た。
 「ばうー」
外で惣一郎が吠える声が聞こえた。
 「ただいま」
 「あら、あなた。お帰りなさい」
 「はい、弁当箱。旨かったよ」
 「今日もお疲れさまでした」
今日の五代はどこか落ち着きがなかった。周囲を窺い、囁くように響子に尋ねた。
 「それより、ばあちゃんは?」
 「えぇ、いま春香を看ていただいてるんですけど…」
ふたりは管理人室の方を見た。その途端、一の瀬の笑い声が高らかに響き渡った。
 「わはははははははは…」
 「まさかっ!」
ふたりは顔を見合わせて頷(うなづ)いた。響子は掃除道具を投げだし、五代はバッグをそっちのけにして、スリッパも履かない儘、管理人室に走った。案の定、管理人室では宴会が始まっていた。
 「裕作、今帰ぇったか」
 「ばあちゃん!何てことするんだ!こんな早い時間から宴会なんて!」
 「らって皆さん集まって、俺の歓迎会をしてくれてるんら」
 「無碍(むげ)に断れねぇろ?」
 「そういう問題じゃなくて。春香はどうしてる?」
 「あぁ、春香ちゃんならここら。お行儀がよくてほんにいい子ら」
春香はゆかりの膝(ひざ)に抱かれていたが、興味深そうに飲み掛けの酒に手を伸ばしていた。
 「あーっ!」
五代と響子が慌ててコップを春香から取り上げた。
 「さぁ、春香。ママがご飯作ってあげるから、それまでパパと5号室にいてくれるかしら?」
 「いやっ!はるか、ここにいる」
春香は相変わらず劇(はげ)しく抵抗した。
 「なぁ、響子さん。春香ちゃんもそれじゃ寂しんでねっか?」
 「ここにいた方が賑やかでいいろ」
 「あのなぁ、ばあちゃん。春香はまだ子供なの」
 「子供がこんなとこにいて、いい訳がないだろ?」
 「えんかいやろ!はるか、えんかいだいすき」
唖然(あぜん)としている五代に、四谷が首を挟んだ。
 「ほら、五代くん。春香ちゃんもこう仰っていることですし…」
 「ここはまぁ、穏便に穏便に」
 「何が穏便ですか!」
朱美はあっけらかんとしていた。  「五代くん、いいじゃないのよー」
 「子供の教育には、こういうのも大事なのよ。特に一刻館で生きていくためにはね…」
朱美は上目遣いに響子を見た。
 「ね?管理人さん」
 「そうでしょうか!」
響子が肩を怒らせた。
 「ったく、もうっ!」
五代は完全に剥(むく)れてしまった。
 「まぁまぁまぁ、響子さんも裕作もそんげ怒らねぇで」
 「これは俺の祝ぇなんら。あのひとたちを責めねぇでくれ」
響子はゆかりに気兼ねした。
 「あの、あなた。ここはおばあちゃんの言うとおりにしましょうよ。ね?」
五代も事態の収拾は到底付かないと判断した。
 「まぁ…響子がそう言うんなら…」
 「ほんじゃ決まりだ!じゃんじゃん飲むろ!」
 「おお!」
三人は声を揃えた。
こうして管理人室の宴会は、春香を巻き込んで始まってしまった。



三 幼児の教育と社会性

結局、その日の春香の晩ご飯は、惣一郎のために取っておいたお冷に、五代の弁当用の冷凍ハンバーグだった。五代と響子は宴会に巻きこまれて、結局何もできなかったのだ。響子はゆかりに合わせる顔がない気分だった。しかしゆかりは宴会を存分に楽しんでいるようだった。春香は21時くらいまでは頑張って起きていたが、次第に船を漕ぎ始め、住人たちが騒ぐ中、夜半にはすっかり寝入ってしまった。そこで響子が5号室に蒲団を敷き、続いて五代が春香を寝かせに行った。宴会はその後数時間続き、最後はゆかりの三本〆でお開きとなった。響子は、ゆかりの蒲団を管理人室に用意しようとしたが、ゆかりが遠慮したため、代わりに5号室で春香と一緒に寝てもらうことにした。五代と響子は、管理人室で自分たちの蒲団を敷きながら、住人たちのペースで宴会に巻き込まれてしまったことを反省した。特に響子は恥ずかしくて堪らないようだった。
 「全く。こんな一日になるなんて…」
 「おばあちゃんがいらした早々、恥ずかしいったらありゃしないわ」
 「まぁまぁ。ばあちゃんも気にしてないよ、そんなこと。結構悦んで飲んでたじゃないか」
 「でもあなた…」
 「とにかく、今日はもう寝よう。明日も保育園あるし…」
 「そうね。寝坊しないようにしなくちゃ」
ふたりは早々に寝ることにした。
響子の起床は6時だ。惣一郎の散歩に始まり、続いて朝食と弁当の仕度をする。7時には五代と春香を起こし、ゆかりと一緒に朝食を摂る。五代は8時前に出勤する。いつものように、響子は五代を玄関まで見送った。
 「はい、お弁当」
 「ありがとう。今日はちょっと遅くなるから、ばあちゃんのこととか、いろいろあるかもしれないけど…」
 「気になさらないで。それより、お仕事、頑張って下さいね」
 「うん。じゃ、行ってきます」
 「行ってらっしゃーい」
響子が管理人室に戻ってみると、ゆかりは台所で朝食の後片付けをやっていた。
 「あ、おばあちゃんは座ってて下さいな」
 「年寄りを邪魔にするもんでねぇ。それに、これくれぇのことさせてもらわねぇと、俺の気が済まねんだ」
 「あら、そんな…」
春香はさっきからテレビに夢中だ。
 《これなら大丈夫そうね…》
響子は春香をゆかりに任せ、いつものエプロンを懸けて庭掃除に出た。庭の石段を掃きながら、響子は結婚前のことを考えていた。
 「昔なら、この時間に五代さんが出てくるんだわ…」
響子は思い出し笑いをした。辺りに目を遣れば、ハイビスカスのような槿の白い花が一斉に咲き誇り、風に揺れて朝露に輝いていた。響子は思わず見蕩れてしまった。
 「まぁ、きれい…」
そこへ強い陽射しが容赦なく射し込んでくる。
 「あ、そうそう。暑くならないうちに打ち水しなくちゃ」
早速響子はホースで石段に打ち水を始めた。
 「ばう!ばうばう!」
惣一郎がじゃれ付いてくる。
 「あ、駄目よ、惣一郎さん。手元が狂っちゃうでしょ」
 「ばうー」
惣一郎は朝ご飯を平らげて、元気一杯だった。
 「あん!」
今日の響子は実に清々(すがすが)しかった。まるで結婚前に戻ったかのようだった。しかし何故そうなのか自分でも分からなかった。

* * *

夜はあっという間に訪れた。
 「ばう!」
 「ただいま、惣一郎」
五代は惣一郎に振り返った。響子が慌てた様子で五代を玄関まで出迎えた。
 「お、お帰りなさい…」
管理人室からはどっと盛り上がる声が聞こえてきた。
 「ど、どうしたの?」
 「実は…また始まっちゃったのよ」
 「それで、春香は?」
 「それが…」
響子は極まり悪そうだった。
 「きゃー。よちゃーしゃん、おもしろーい」
管理人室から春香のはしゃぐ声が聞こえてきた。
 「また!ばあちゃんは!」
 「いえ。おばあちゃんが悪い訳じゃないんですよ」
 「いーや!今日という今日はきっちり言わなくちゃ」
五代は肩を怒らせて、管理人室のドアを思いっきり開けた。
 「皆さん!春香を宴会に巻き込むのは止めて下さい!」
 「あ?五代くん、どうしたんだい?」
両手に扇子を翳したまま、一の瀬が静止していた。
 「おぉ、裕作か!ま、こっちゃ座れや」
 「春香は?」
 「パパ!」
春香は四谷とにらめっこの最中だった。どうやら春香の負けのようだ。春香は笑い涙を押さえながら、五代の許に走って来た。五代は春香を抱き上げると続けた。
 「皆さん!ここは酒の席ですよ」
 「春香を同席させるのは、金輪際(こんりんざい)止めて下さい!」
 「春香ちゃん?とんと気付かなかったねぇ」
 「おばさん!」
 「まぁまぁ、いいでねっか。春香ちゃんはいい子らし」
春香は五代の腕の中で、目をきらきらと輝かせながら言った。
 「ねぇ、パパ?よちゃーしゃん、すごくおもしろいの!」
 「……」
五代と響子は二の句が次げなかった。
宴会も終わり、ふたりはまた布団を敷きながら話していた。
 「なぁ、響子…」
 「何?」
 「俺、考えたんだけど、春香を保育園に上げないか?」
 「まぁ、急にどうして?」
 「どうしてってさぁ…。今の春香の環境を考えると、どうしても教育上よくないと思うんだ」
 「春香には、もっとまともな人間と接することが必要なんだよ」
 「そうね。あなた、教育の専門家ですものね」
響子はくすっと笑って見せた。
 「いや、冗談じゃない。真面目に言ってるんだ」
 「春香は、同じくらいの年齢の友達と一緒に、もっと健康的に遊ばなくちゃ」
 「真っ当な暮らしをしている家族との付き合いもあると思うし…」
響子はシーツを調えながら無言で聞いていた。
 「響子も考えてみてくれないか?」
 「え?えぇ…」
響子は気のない返事をした。
 次の朝。五代は弁当を受け取ると、響子の方に向き直った。
 「今日は金曜だし、いつもより早く帰れるから、昨日のこと、ちゃんと話し合わないか?」
 「保育園のことですか?」
 「うん」
 「えぇ。じゃぁ、あたしもちゃんと考えておきます」
響子はあまり乗り気ではなさそうだった。
 「じゃ、行ってきます」
 「行ってらっしゃーい」
五代の姿が見えなくなると、響子は溜息を吐いた。
 「保育園…か…」
響子は自分の子供の頃を思い出していた。転勤族だった父の仕事の関係で、響子には所謂(いわゆる)竹馬の友というものがなかった。幼稚園も二年保育だったし、年長組になるときに引越ししてしまったので、春香の年頃のことは、正直いってよく解らない。思い出してみると、小学校に上がる前は、いつも家にいて母親と一緒だったような気がする。小学校でも三回も引越ししたので、幼馴染みといってもピンと来なかった。
 「友達か…」
響子はそう呟(つぶや)くと、玄関先で考え込んでしまった。そんな響子の様子をピンク電話の角からゆかりが黙って見ていた。



四 ゆかりの決意

その日の夜は、住人たちの邪魔も入らず、久し振りに静かな夜だった。響子とゆかりは、ふたりで楽しそうに晩ご飯の後片付けをしていた。五代は春香と食後の運動をしていた。そろそろ20時も過ぎたので、五代は春香を寝かせることにした。
 「さぁ、春香。いい子にして寝ようね」
春香も今日は疲れていたらしく、いつものような劇しい抵抗はなかった。大人しく床に就き、静かにしていた。珍しかった。響子たちもちょうど後片付けが終わって、お茶を淹(い)れていた。五代はちゃぶ台に座ると、徐(おもむ)ろに話を切り出した。
 「あの…、春香の保育園の件だけど…」
響子とゆかりは五代の方に振り向いた。
 「子供にも社会性というものが必要だと思うんだよ」
 「なーに言い出すんら?いきなり」
 「おばあちゃん?裕作さんは、春香を保育園に入れないかって仰ってるんですよ。その話です」
五代は、響子の説明を待って、軽く咳払いをした。
 「子供には子供同士の接触が不可欠なんだ。子供は遊びを通じて社会のルールというものを学んでいく」
 「だから春香みたいに、変な連中の中で生活をしていると、コミュニケーションにおいて、どうしても問題が起きてくると思うんだ」
響子は反論した。
 「でもあなた。春香はまだ小さいし、コミュニケーションっていっても、親子のコミュニケーションでまだ十分なんじゃないかしら?」
 「いや、当初から分かってたことだけど、ここは子供を教育するのに相応(ふさわ)しい場所じゃない」
 「昔、音無のじいさんのところに結婚の報告に行ったとき、他のアパートに引っ越そうって言ったのも、子供の将来を考えてのことだったんだ」
 「まぁ、確かにそうかもしれないわ。でも引越し代だってバカにならないし、あたしは子供ができて、ここで慎ましく暮らせればってそう思ったの」
 「だからといって、子供ができてから、毎晩のように宴会に振り回されるような生活が、教育上よくないのも確かだ」
 「でも一刻館で育ったからって、春香が一の瀬さんみたいになる訳でもないわ」
 「賢太郎くんみたいに、ちゃんと大学に入って、立派にひとり暮らししてる子もいるじゃない」
 「賢太郎はおばさんの子供だ。しかも男の子だからだ。春香とは質が違う」
 「そんなことはないわ。愛情を込めて接すれば、どんなところでも子供はちゃんと育つと思うの」
 「それは理想論に過ぎない!」
ふたりの間に緊張した沈黙が流れた。暫くして響子がおずおずと口を開いた。
 「でも、保育園に行くには、お金がかかるんでしょう?」
 「う…」
 「朱美さんとあなたからの店賃(たなちん)がなくなったから、お家賃収入は半分になっちゃったし、町内会費やアパートの経費を考えると、お義父さまへの納入金で皆お終いだわ」
 「でも音無のじいさんは、納入金は要らないって言ってるんだろ?」
 「まぁ、お義父さまはそう仰るけど、納入金は納入金よ。あたしたちのものじゃないわ」
 「それにお義父さまだって、あのお歳じゃ、これから先どうなるか分からないし…」
 「だから今は家計とは別にして、定期預金に回してます」
 「だってこのお部屋にただで住まわせてもらってるだけでも、ありがたいお話なのに…」
 「それは問題のすり替えだ!」
すると響子の語調が急に鈍った。
 「それにね…その…、あなたの収入からこれ以上捻出するのもね…、あの…やっぱり…その…、いろいろと大変だし…」
響子は俯いてエプロンの裾を極まり悪そうに弄(いじ)り出した。五代に対して申し訳ないという気持ちで一杯のようだった。五代にはそれが痛いほど伝わってきた。
 「あはあはあは…」
五代は急に情けない笑いを漏らした。
 そこへふたりの遣り取りをずっと聞いていたゆかりが、漸(ようや)く重たい口を開いた。
 「裕作、おめぇが言ってることは正論ら。でも実際問題としては、響子さんの方が正しい」
 「おばあちゃん…」
ゆかりは響子ににっこりと微笑み掛けると、旨そうに茶を啜った。
 「自分の身の丈というものを考えねばな」
 「ばあちゃん。でも…」
 「裕作!俺の葬式代、まだ返ぇってねぇろ!」
そう言われると、五代は返すことばがなかった。
自分は娘のしあわせを考えているのに、その自分の収入が足枷(かせ)になっている。響子は保育園に対して理解がない。住人の脅威もある。しかし自分には為す術がなかった。口惜しかった。
ゆかりは、黙り込んだ五代の様子をじっと見詰めていた。そして湯呑を手に回し始めると、昔話のように問わず語り始めた。
 「じいさんが死んで、おめぇの父さんが愈々(いよいよ)大黒柱にならねばならねぇときらった…」
 「何だよ、いきなり」
 「ひとの話、ちゃんと聞いてれ!」
 「ったく、もう…」
五代は不愉快そうに膝に頬杖(ほおづえ)を突いた。
 「昔の定食五代は、今みてぇに他人(ひと)を雇えるような店じゃぁなかったんら」
 「おめぇの父さんと母さんは、そりゃーへぇー馬車馬のように朝から晩まで働いた」
 「おめぇが生まれたときも、おめぇの母さんは俺に遠慮してな、仕事の合間を見付けては自分でおめぇの世話をしとったんら」
 「ところがおめぇが歩き出したりして手間が掛るようになると、そんげなこともしてらんね。おめぇの母さんはそりゃーバカ悩んでな、おめぇを誰かに預けねばと思ったんらな」
 「それは、お義母さまもさぞお辛かったでしょうね」
ゆかりは、響子のことばに何度も何度もゆっくりと頷いた。
 「俺もとうに還暦を過ぎとったし、働くといっても限界があった」
 「だすけ、そんとき俺は思った」
ゆかりは湯呑を置くと、毅然(きぜん)とした表情になった。
 「こん子は俺が立派に育ててみせると」
 「おばあちゃん、それで五代さんの…」
ゆかりは響子の方に向くと、座り直して深々と頭を下げた。
 「裕作は俺が育てた子ら。抜けてて頼りねぇ奴らけど、俺は精一杯いい子に育てたつもりら」
響子はゆかりのことばにこころを動かされ、思わず瞳を潤ませた。
 「えぇ、おばあちゃんの仰ることはよく解ります」
 「五代さんは、とっても素敵な男性(ひと)です」
 「私には掛け替えのない…」
ことばを詰まらせる響子に、ゆかりは優しく励ました。
 「響子さん。俺、おめさんのこと信じてるっけ、しっかりやんなせ」
響子は溢れる涙を押さえながら、ゆかりの優しさに感謝した。
五代は拳(こぶし)を握り締めたまま、畳をじっと見詰めていた。ゆかりの言うことを理性では理解できた。しかしこころの中は、この儘(まま)ではいけないという想いが、依然として強かった。可愛い春香に、あんな訳の分からない連中と、四六時中一緒に生活して欲しくなかった。それに春香の育児の所為(せい)で、響子の管理人の仕事が重労働になっていることも知っていた。何とかして春香を一刻館から連れ出す手段はないものかと考えていた。
 「んー…」
今まで静かに眠っていた春香が寝返りを打った。少し難しい顔をして、額に汗を滲(にじ)ませていた。
 「あらあら、しょうのない子ね」
響子は肌蹴(はだけ)た布団を掛け直して遣った。ゆかりは五代の方に向き直った。
 「裕作、春香ちゃんはほんにいい子ら。こん子ならだいじょぶら」
 「一刻館でも元気に育つ」
 「ばあちゃん…」
ゆかりは両腕を袖に入れて、高らかに笑った。
 「おめぇと違って響子さんの血が入ってるっけな」
 「かかかかかか…」
 「このクソばば!」
 「うふふふふ…」
こうして五代の提案は有耶無耶(うやむや)になってしまった。



五 子供の保健

次の朝、響子はいつものように五代と春香を7時に起こした。
 「ほら、あなた、春香。起きて下さい」
 「うーん…。休みの日くらい、寝かせてくれよぉ」
 「駄目です」
 「おばあちゃんも折角いらっしゃってるんですから、春香と一緒にどこか遊びに連れてって下さいな」
 「ったくもう。ばあちゃんが来ると、碌(ろく)なことがないんだから…」
五代は眠い目を擦りながら、不承不承(ふしょうぶしょう)起きることにした。響子とゆかりは朝食の準備に追われていた。何気ない一日の始まりだった。
 「さぁ、春香も起っきしようね」
五代は春香を起こそうとした。おや?春香の様子が変だ。五代が春香の顔を覗き込む。顔面が蒼白だ。額にはじっとりと脂汗を掻いている。
 「おい、春香?どうした?」
五代の問い掛けに、春香は薄目を開けたが、返事をしない。五代は春香の額に手を当てる。熱はない。
 「春香っ!」
五代が春香の身体を大きく揺らす。春香は漸くだるそうな声で答えた。
 「おなかが…いたい…」
 「お腹…?」
 「ここか?ここか?」
五代は春香の腹をあちこち押して位置を確かめた。
 「うっ!」
その瞬間、春香は上げてしまった。五代は慌てて春香を抱き起こし、台所で口を漱(すす)がせた。春香は全身ぐったりとして、五代のいうことをなかなか聞かない。響子たちも春香の異変に気付いた。
 「あなた、どうしたの?」
 「春香の具合がおかしいんだ」
 「えっ!」
慌てて走り寄る響子に、五代は厳しい顔で首を横に振った。響子はその意味を得心し、優しい表情で春香をあやすように覗き込んだ。
 「春香?気持ち悪くて吐いちゃったの?」
 「でも大丈夫よ。パパがいてくれますからね」
 「パパはプロなのよ。直ぐよくなりますからね」
春香は啜り泣き出した。
 「くるしいよ、くるしいよー」
再び春香の身体が劇しく波打った。また嘔吐だ。五代はちょっと考えてから響子に尋ねた。
 「響子、昨日春香に変なものを食べさせなかった?」
 「いえ、昨日はお買い物に行って新鮮な食材を買ってきたから、そんなことはないと思いますけど…」
 「じゃぁ、春香をひと込みに出したりした?」
 「いいえ。買い物中はここでおばあちゃんに看ていただいてたし、帰ってからはあたしとずっと一緒だったし…」
それを聞くと、五代は春香の口を開けて中を観察した。手足の柔らかいところも丹念に診てみた。
 「うーん…。どうやらウィルス性の病気ではなさそうだな」
五代の頭の中では、保母試験の問題が次々と過(よ)ぎっていた。
 《子供の病気、子供の病気…》
 「うっ!」
春香がまた嘔吐した。響子が慌てて台所で春香の口を漱がせる。五代の頭の中で、漸く結論が出たようだった。
 「響子、砂糖水!砂糖水を用意してくれ!」
 「はいっ!」
響子はコップに砂糖水を作ると、てきぱきと五代に手渡した。
 「匙(さじ)!」
 「はいっ!」
五代は春香を抱き起こしながら、匙で砂糖水をゆっくりと少しずつ飲ませた。嘔吐はなかった。五代はひと先ず安堵した。コップ一杯の砂糖水を飲ませ終わると、五代は春香を蒲団に寝かせた。
 「これで暫く寝かせれば大丈夫だ」
 「医者へは月曜日にでも連れて行けばいいだろう」
五代は改めて春香の顔を覗き込んだ。
 「春香。もう大丈夫だよ」
 「いい子で寝てようね」
春香は五代の方を切なそうに見ながら、小さな吐息を漏らした。その匂いを嗅いだ五代の表情が一変した。
 《林檎(りんご)臭?》
 「響子、春香に昨日林檎食べさせたか?」
 「いいえ。夏ですもの。林檎なんて…」
五代は叫んだ。
 「医者だ!医者に連れて行こう」
響子は直ぐさま近所の小児科に電話を始めた。気持ちが急(せ)いている所為か、なかなか繋がらない。
 「どう?」
 「今電話してるんですけど、休診らしくてどこも出ないの」
 「そんな…。じゃぁ、救急車だ!救急車を呼んでくれ!」
 「はいっ!」
間もなく救急車が到着した。
 「何だい何だい、朝っぱらから」
 「一体どうしたのですか?」
一の瀬と四谷が玄関に集まってきた。五代は春香を抱きかかえながら、ふたりに説明した。
 「春香が胃腸障害を起こしているみたいなんです。これから病院に行ってきます」
五代と響子は連れ立って救急車に乗り込んだ。
 「ばあちゃん、後は宜しく頼む」
 「あぁ、行ってこ」
救急車はサイレンの音とともに、瞬く間に見えなくなった。
 「一体どうなってるんだい?」
 「さぁ?春香ちゃん、変なものでも食べたんじゃありませんか?」
 「まさか、あんたが食わせたんじゃないだろうね?」
 「飛んでも八分歩いて十分…」
ゆかりはふたりを余所に満足そうに呟いた。
 「裕作も、いい保父さんになったもんら…」

* * *

診察室では、医師が難しい顔をしていた。
 「お母さん、お子さんは以前から吐き癖がありますか?」
 「いえ。今回が初めてです」
 「風邪を引きやすいとか?」
 「いえ、それも…」
 「では最近ストレスに晒(さら)されたり、いつもよりはしゃいだりして、精神的に不安定になったことはありますか?」
 《…宴会のことかな?》 五代と響子はふたりともそう思った。しかしそうとも言えず、返答に困って俯いていた。
 「まぁ、いいでしょう」
医師はずり落ちた眼鏡を掛け直すと、カルテにペンを走らせた。
 「現状から申し上げますと、お子さんは軽い脱水症状を起こしていますね。応急処置ですが、砂糖水を飲ませたのがよかったんだと思います」
ふたりは顔を見合わせた。
 「これだけの所見から診断をすることは難しいですが、ウイルス性ではないようなので、このまま少し様子を見ることにしましょう」
 「お母さん、こういうことは、このくらいの乳幼児にはよくあることです。あまり気になさらないで下さいね」
ふたりは安堵の表情を見せた。
 「今日は点滴をしましょう」
医師が指示すると、看護婦が春香を手際よく処置室に運んで行った。
 「取り敢えず、制吐剤を処方しておきます」
 「座薬のやり方は分かりますか?」
 「……」
 「はい」
まごまごする響子の様子を見て、五代が自信をもって答えた。
 「では、また吐き気が強くなるようでしたら、直ぐいらして下さい。尿検査をする必要がありますので」
 「はい。ありがとうございました」
診察が終わると、ふたりは一目散に春香のいる処置室に向かった。大きなベッドの上に、ちょこんと小さな春香が横たわっていた。腕には可哀相なほど太い点滴の管が刺さっていた。
 「春香、もう大丈夫よ」
響子は縋(すが)るように春香に寄り添い、もう一方の手をしっかりと握り締めた。五代はそんな響子を優しく見守っていた。



六 一刻館のひとびと

 三人の去った一刻館では、ゆかりが管理人室の後片付けをしていた。あれから一時間。五代たちからは何の連絡もなかった。
 「全く。響子さんが付いていながら、あいつは何やってんら?」
そこへドアをノックする音がした。
 「おばあちゃん、一の瀬です」
 「あぁ、これはこれは。今朝は春香のことで大変ご迷惑をお掛けしました」
 「いいえぇ。あたしたちはいいんですよ」
一の瀬は呼ばれもしないのに、勝手にちゃぶ台に座った。
 「ただ春香ちゃんが心配でねぇ」
 「あぁ。俺も今、そのことを考えてたんら」
ゆかりが小さな溜息を吐いた。
 「今まで元気らったのが、急にあんげになっちまって…。これから響子さんも大変らな」
 「まぁ、五代くんも一応保父さんだから、何かあっても大丈夫だとは思いますけどね」
 「あいつ、上手くできるろっか?」
 「大丈夫ですよ。保育園でも、園長先生から高く評価されているみたいですしね」
 「ほう?」
 「それよりおばあちゃん、何かお手伝いすることはありませんか?」
 「んー、そういや惣一郎の飯がまららったかな?」
 「分かりました。じゃ、ちょっと台所お借りしますよ」
一の瀬は響子の冷蔵庫を勝手に開けると、お冷と味噌汁を探し出し、熱くならない程度に温めて猫飯にした。
 「ばう?」
今朝のどたばたを一部始終見ていた惣一郎は、響子が帰って来るまで餌が貰えないと思っていたが、突然の朝ご飯に舌なめずりをした。
 「ほら、惣一郎。食べな」
 「ばう、ばう!」
一の瀬は、惣一郎が餌を食べる様子を暫く眺めていた。そして思い立ったように、しゃがんでいた膝を叩いて立ち上がった。
 「さてと。管理人さんの代わりに、庭掃除でもしてやっかねぇ」
蝉時雨の中、一の瀬は部屋から箒(ほうき)を持ち出して庭を掃き始めた。槿の白い花が可憐に咲いていた。
 「今日も暑くなりそうだわ。そうだ!打ち水、打ち水と…」
一の瀬は脇の水道からホースを引いて庭の打ち水を始めた。序(つい)でに植栽にも水を遣った。庭の植栽は瑞々(みずみず)しさを取り戻し、夏の強い陽射しにきらきらと輝いていた。
 「庭掃除ってのも、たまにはいいもんだねぇ」
一の瀬が水を止めてホースを巻いていると、ピンク電話が鳴った。
 「はいはいはい。今出るよ」
一の瀬が慌てて一刻館の中に入って行く。
 「はい、こちら一刻館…」
 「あ、一の瀬さんですか?あたし、響子です」
 「あぁ、管理人さん?」
 「春香ちゃん、どうだった?」
 「えぇ、ご心配をお掛けしましたけど、大したことはないみたいです。いま点滴をしてもらってます」
 「本当に大丈夫なんだろうねぇ?」
 「まぁ、また頻繁に吐くようなことがあったら、今度改めて検査するとのことでした」
 「五代さんも大丈夫だろうって言ってます」
 「まぁ、医者がそう言うなら大丈夫なんだろうけど…」
 「それで、あと一時間くらい掛かっちゃいそうなんですけど、おばあちゃんにご心配要りませんからって、そう伝えていただけます?」
 「あぁ、分かった。ちゃんと伝えとくから、あんたは安心しな」
 「それじゃぁ、済みません。失礼します」
 「はいよ」
電話が終わると、一の瀬は早速ゆかりに報告した。
 「ほうかほうか。そりゃいかーった」
ゆかりは胸を撫で下ろした。
 「あと一時間くらい掛かるそうです」
 「ほんにお世話になりました」
 「いいえぇ。じゃぁ、あたしは掃除とかしておきますから、おばあちゃんはゆっくりしてて下さい」
 「ほんにありーがと」
一の瀬はモップを取り出して館内清掃を始めた。ゆかりも辺りを見回して洗濯物を見付けると、早速洗濯を始めた。洗濯機が回っている間、ゆかりは縁側でタバコを吹かした。
 「裕作も…、しあわせ者らて」
空には真っ白な入道雲が山のように聳(そび)えていた。蝉の声が染み入るようだった。洗濯物を干し終わると、ゆかりは管理人室の掃除を始めた。掃除も一段落し、塵取のゴミを捨てている最中だった。
 「ただいまー」
五代たちの声がした。
 「あぁ、お帰り」
モップを掛けながら、一の瀬が出迎えた。春香は五代に手を牽かれて、今朝の症状が嘘(うそ)のようにけろっとしていた。
 「おばさん、本当に心配かけちゃって…」
 「いいんだよ。で、春香ちゃんは大丈夫なんだろ?」
 「えぇ、今のところは…」
 「おぉ!裕作。帰ぇったか」
襷(たすき)掛け姿のゆかりが管理人室から出てきた。
 「あら、おばあちゃん。その格好…」
 「あぁ、いま掃除してたんら」
 「そんなこと、私がしますのに…」
 「いや、響子さんは春香ちゃんのことで大変らし、俺ができることはこれくれぇしかねぇしな」
 「済みません」
響子は深々と頭を下げた。
 「響子さん、顔上げてくんなせ」
 「はい…」
 「響子さんはこれからが大変だすけ、俺のことは心配するな」
 「ありがとうございます」
五代は一の瀬の姿を見て、少し躊躇(ためら)いながら尋ねた。
 「それにしても、何でおばさんが掃除なんか…」
 「しちゃいけないかい?」
 「だって…」
 「あんたらが大変なんだから、あたしがこれくらいしても、罰(ばち)は当たらないだろ?」
 「一の瀬さん、ホントに済みません」
 「いいっていいって」
そこへ四谷が唐突にやって来た。
 「管理人さん、これ馬鈴薯(じゃがいも)の黒焼きでございやんす」
 「春香ちゃんにどうぞ」
 「はぁ」
響子は黒焼きを渡されたものの、どうしていいか分からなかった。四谷は春香の顔を覗き込んだ。
 「春香ちゃん、元気そうでようございましたね」
 「うん!」
 「では」
四谷はそう言い残すと階段を上がって行った。
 「何なんだろうね、これ」
一の瀬が黒焼きを指で摘み上げた。
 「まぁ、四谷さんなりの誠意なんじゃないですか?」
響子は苦笑した。そんな様子を見て、五代は何だか嬉しくなった。一の瀬の行動といい、四谷の行動といい、何気ないこころ遣いに、彼ら独特のあたたかさを感じた。ゆかりはふたりの様子を黙って見ていたが、春香を気遣ってさり気なく促した。
 「それじゃ、響子さん。部屋に行これ?」
五代は管理人室の陽の当たらないところに春香を寝かし付けた。響子は春香の薬や身の周りのものなどを整理していた。陽が高くなって、蝉時雨が一段と盛んになったような気がした。物干台の短い影がくっきりと地面に刻まれていた。ゆかりはその辺にあった団扇(うちわ)を取って、ゆらゆらと扇ぎ出した。五代は春香のことが一段落して、ほっとしたようだった。
 「あー、暑いなぁ。響子、麦茶でももらえないか?」
 「あら、ごめんなさい。気が付かなくて…」
響子は慌てて冷えた麦茶をふたりに出した。五代は一気に麦茶を飲み干した。
 「っくー!」
冷たさが眉間(みけん)に響いた。ゆかりは麦茶をちびりちびりと飲みながら、黙って裏庭を見詰めていた。
五代はまだ悩んでいた。  《春香の嘔吐》  《医者の話からすれば、精神的な要因もあるということだよな。原因は宴会に決まってる。何としても春香を住人(あいつら)から護らなきゃ》
 《とすると、やっぱり保育園か…。でも響子の言うことは尤(もっと)もだし、経済的な問題も残るな》
 《いやいや、幼児期の教育は一生涯の問題だ。春香のためにも簡単に済ませてはいけない》
 《でも、どうすれば…》
 ちりーん、ちりーん…。
軒先の南部風鈴が鳴った。風を孕(はら)んだカーテンが管理人室に吹き込んで来た。ゆかりは団扇を扇ぐ手を止めて、裏庭から流れる涼やかな風に、気持ちよさそうに目を閉じた。
 「あの、おばあちゃん?お腹空きません?」
ふたりの沈黙を破って、響子が無邪気に話し掛けてきた。
 「あたし、お昼何か作ります」
 「あぁ、お願ぇするら」
台所では、エプロンを懸けた響子が楽しそうに昼食を作っていた。素麺(そうめん)のようだ。鼻歌を交えながら台所に立つ響子の後ろ姿に、五代は一段といとおしさを感じていた。風が止み、ゆかりは再び団扇をゆらゆらと扇ぎ出した。
 「さぁ、できましたよ」
響子が笊(ざる)に盛った素麺を盆に載せて運んで来た。素麺の中央に盛られた刻み大葉が涼しさを醸(かも)し出していた。
 「や、これは旨そうだな」
 「味の保証はありませんけど…」
響子が茶目っぽく微笑んだ。
 「ほら、春香。ご飯だよ」
五代が春香を抱き起こした。春香は眠そうに目を擦っていた。
 「さぁ、戴きましょうか」
四人はちゃぶ台に向かった。春香は素麺を旨そうに食べた。
 「この調子じゃ、春香ちゃんもだいじょぶそうらな」
ゆかりは嬉れしそうだった。春香はゆかりに言った。
 「おばあちゃん!」
 「何ら?」
 「はるかね、きょう びょういん いったの」
 「おおきなちゅうしゃしたの。でも はるか なかなかったの」
 「ほうかほうか、春香ちゃんはほんに強ぇ子らな」
 「うん!」
春香はすっかり元気を取り戻していた。響子もその姿に安心を実感した。



七 賢太郎のアパート

次の日、五代は行徳にある賢太郎のアパートを訪れていた。
賢太郎は、五代の浪人時代や大学時代の惨めさを痛感していたようで、努力に努力を重ね、ストレートで国立大学に合格していた。大学は都心にあるため、一刻館から通えない訳ではなかったが、本人のたっての希望でひとり暮らしをしていた。もちろん親からの仕送りは一切ない。しかし賢太郎は、家庭の低所得を理由に、ちゃっかり育英会から奨学金を得ていた。その奨学金も家賃と学費で全部消えてしまう。やはり賢太郎も、生活費を得るためには、五代と同様、バイトに明け暮れなければならなかった。賢太郎は小学生の頃誓ったように、一刻館に寄り付きもしなかった。盆暮れにも帰って来ないし、普段の連絡も殆(ほとん)どしていないらしい。しかし一の瀬はそれを別段気にしている様子はなかった。ときどき響子に賢太郎のことを愚痴るくらいのものだ。
五代は、春香の保育園問題について、響子やゆかりを説得するためにも、どうしても一刻館で育った子供の気持ちが知りたかった。一刻館で育つことが如何に苦痛であったかということを、本人の口から直接聞き出したかった。そこで賢太郎に電話をして、急遽(きゅうきょ)会うことにしたのだ。
賢太郎のアパートは、駅から歩いて15分くらいの所にあった。最近の時代を反映してか、大きなサイコロを組み上げたような、ベージュ色の瀟洒(しょうしゃ)なアパートだった。郵便受に「一の瀬」の表札はなかった。いろいろな勧誘に悩まされているのかもしれない。じっさい消費者金融だの通販ビデオだの、如何わしいチラシで溢れ返っていた。
五代はアパートを見渡した。
 「何か、今時のアパートって感じだな」
五代は申し訳程度の門扉を開けて中に入って行った。
 「えーと…。103号室、103号室はと…」
同じような造りのドアの前で五代は迷った。部屋番号の文字盤が外れているのだ。遠目とは違って、外観はかなり荒(すさ)んでいる様子だった。五代は取り敢えず一階の手前から3番目のドアにノックしてみることにした。ノックする手に自然と力が入る。  《まさか大宇宙ホールみたいなことはないよな…》
五代は不安に駆られる気持ちを抑えようとした。呼吸を整える。
 コンコン…。
覗窓のガラスが暗くなる。
 「…はい」
聞き慣れた声がした。五代はほっとした。
 「あの、五代だけど」
 「どうぞ」
賢太郎は二年前と全然変わりなかった。相変わらず、背もあまり伸びていなかった。
 「やぁ、済まんな、突然」
五代は肩幅くらいしかない玄関の狭さに驚きながら、非礼を詫(わ)びた。玄関も狭ければ、部屋も狭かった。
 「まぁ、上がってよ」
 「あぁ」
五代はまるで珍しいものを見るかのように、きょろきょろと部屋の中を見回した。外見は殺風景だったが、中は意外と小洒落ていた。部屋もきちんと整頓(せいとん)されていた。
 「な?一刻館とは大違いだろ!」
賢太郎は自分の城に誇りを感じているようだった。確かに綺麗(きれい)だ。五代は賢太郎を少し見直した。
 「で、俺に用って何だよ」
五代に座蒲団を勧めながら、賢太郎は尋ねた。
 「賢太郎、今日はお前にちょっと訊(き)きたいことがあってな」
 「何でも訊いてよ。あ、コーヒーでも淹れようか?」
 「あぁ。済まんな…」
五代は話す切っ掛けがなかなか掴(つか)めず、暫くじっと畳を見据えていた。そこへ賢太郎が色違いのマグカップにコーヒーを淹れて運んで来た。彼女でもいるのだろうか。部屋に色気はないが、考え様によっては、女っ気がない訳ではない。しかし五代には、そんなことは全く気付かなかった。
賢太郎はコーヒーをテーブルに置くと、一刻館にいた頃のようなやんちゃな目をした。
 「お前、管理人さんと喧嘩(けんか)でもしたんだろ」
 「いやっ、そういうんじゃなくて…」
 「じゃぁ、保母さんに手ぇ出したんか?」
 「あのなぁ、お前はどういう目で俺を見とんじゃ!」
 「あははは…」
賢太郎は無邪気に笑った。
 「五代のおにいちゃんは、昔から変わらないなぁ。俺、何だか安心しちゃった」
五代は憮然(ぶぜん)とした。
 「ほら、冷めないうちにコーヒー飲めよ」
 「あぁ」
五代は素直にコーヒーを啜った。賢太郎は煮え切らない五代に水を向けた。
 「それで?」
五代は漸く本題に入った。
 「あぁ。実はお前の子供のときのことなんだけど…」
 「子供のときのこと?」
賢太郎は目をきょとんとさせた。
 「うん。お前、一刻館で育ったろ?いつからだ?」
 「うーん…。俺がものごころ付いた頃には、もう一刻館にいたかな」
五代は自分の予想が的中して躍る気持ちがした。
 「そのとき、おばさんはどんな感じだった?」
賢太郎は平然と答えた。
 「…どんなって、あんなだよ」
 「……」
五代はじれったそうに顔を引き攣(つ)らせた。
 「そうじゃなくってさぁ…」
 「おばさんは、どんな風に、お前を、育てたのか、って訊いてんの!」
 「あぁ、そういうことか。そんならそうと、最初から素直にそう言えよ」
賢太郎は膝を抱えてコーヒーを啜った。
 「母ちゃんは昔からあんま変わってないよ。家は貧乏だったから、幼稚園にも行かせてもらえなかったしな」
 《幼稚園に行ってないだと?好都合じゃないか》
 《言え。一刻館は如何に教育上悪い場所であるかを》
 「じゃぁ、お前、いつもおばさんと一緒だったのか?」
 「あぁ。家事はそれなりにやってたけど、母ちゃんは相変わらず酒とテレビばっかでさ、俺の相手なんか殆どして呉れなかったな」
 「子供は外で遊べって感じでさ」
 《ホントおばさんらしいや。まぁ、響子はそんなことしないと思うが…》
 《でも幼稚園に行ってなければ、外で遊ぶにしても、友達がいないだろう。やっぱり賢太郎にとっては苦痛だったに違いない》
 「ふーん。でもお前、幼稚園に行かなかったんだろ?友達なんかいたのか?」
 「まぁ、確かに午前中は誰もいなくて暇だったけど、午後になれば誰かしらいたし…」
 「子供ってさぁ、何となく直ぐ友達になれるもんじゃん」
 「そんなものかな…」
 「まぁ、そんなもんだよ」
賢太郎のあっけらかんとした答えに、五代は少々面食らった。
 《子供のコミュニケーションとは、そんな安易なものなのか?》
 《幼稚園に行かなかったことは、賢太郎にとって、それほど苦痛なことではなかったんだ…》
五代は気持ちを落ち着けるためコーヒーを一口飲んでから、徐々に核心に迫った。
 「それで話は変わるが、宴会のときはどうしてた?住人(みんな)と一緒にいたのか?」
 「いろいろだな」
賢太郎はちょっと考えるような素振りを見せた。
 「朱美さんが来る前は、宴会も今ほど派手じゃなかったから、母ちゃん、ちゃんと飯作ってくれたこともあったし…」
 「そうじゃないときは、ツマミとか食ってたかな?」
 《それ見ろ。食事だって満足に摂れなかったんじゃないか》
 《これは、子供にとって苦痛な筈(はず)だ》
 「結構荒んどるな…」
 「でも俺、連中とは関わり合いになりたくなかったから、用が済んだら直ぐ部屋に引き上げて寝てたけどね」
 《なるほど。自分の意志で関わり合いにならなければいいのか。そうすれば確かに余計な苦痛は受けないで済むな。春香も賢太郎のようになってくれるだろうか?》
 《いやいや。春香は女の子だから、住人(やつら)に気兼ねして、自分を環境に馴化(じゅんか)させようとするかもしれない》
 《やっぱり何としても、春香を住人(やつら)から隔離しなければ駄目だな》
五代は思わず拳を握り締めた。
 《それにしても、おばさんもおばさんだよな。宴会に感(かま)けて子供に食事も作らんとは…》
 「ほんまに鬼のような母ちゃんじゃな…」
 「でも、一回だけ人間らしいことしてもらったかな」
 「どんなことだ?それは」
五代が身を乗り出した。
 「俺、小学校に上がったときに、おたふくに罹(かか)ったことがあんだよ」
 「おたふくって、おたふく風邪のことか?」
 「あぁ。子供のおたふくなんかさ、大人のに比べれば大したことないだろ?」
 「まぁな」
 「でも、あんときの母ちゃんは違ったな…」
 「とても優しくしてくれた」
賢太郎は懐かしさを噛み締めるように、和やかな目をしていた。
 「酒なんか一滴も飲まずにさ、ずーっと俺のこと、看病してくれたんだぜ!」
 「へぇー、あのおばさんがそんなこと…」
五代は頬杖を突いて、優しい目で賢太郎の話を聞いた。
 「それに四谷さんまで見舞いに来てくれてさ」
 「え? あの四谷さんが?」
 「うん。黒焼き持って…」
 「黒焼き…ねぇ」
五代は狐(きつね)に抓(つま)まれたような顔をした。  《やっぱり四谷さんて昔からあぁなんだ。でも黒焼きなんてどこから手に入れてくるんだろう?》
賢太郎は続けた。
 「俺、嬉しかったなぁ、あんとき…」
 「母ちゃんのことだけじゃなくってさ。何ていうのかなぁ、あぁいうの…」
 「まるで家族みたいな感じ、っていうのかな…」
 「家族…」
五代は冷や水を浴びせ掛けられたような気がした。春香が病院から帰ってきたとき、一の瀬は一刻館の掃除をしていた。四谷は馬鈴薯の黒焼きを呉れた。
 《まるで今の話と同じじゃないか!》
五代は記憶の糸を更に辿(たど)った。響子がテニススクールで捻挫(ねんざ)したときのこと、自分が一刻館を家出したあと風邪を引いて帰ってきたときのこと、二階から落ちて骨折したときのこと…。一刻館の住人は、まるで家族のように自分たちを迎えてくれた。包んで呉れた。今までも、これからも。そしてきっと春香のことも…。五代は愕然(がくぜん)とした。俺は今まで何でこんなことに気付かなかったんだろうか。俺は一体何を悩んでいたんだろうか。
マグカップを持った儘、硬直している五代を見て、賢太郎は怪訝(けげん)に思った。
 「おい、お前。聞いてんのかよ!俺の話」
 「……」
 「おにいちゃん!五代のおにいちゃんてばっ!」
五代ははたと我に返った。
 「…あぁ、済まん済まん」
賢太郎は手を頭の後ろに組むと、ごろんと寝転んだ。
 「そんくらいかな?」
 「?」
 「後はお前が一刻館に来たから、話すまでもないだろ?」
 「あ、あぁ…」
五代は自分の邪心を祓(はら)うかのように、マグカップの冷めたコーヒーを一気に飲み干した。インスタントコーヒーの味は、ちょっとだけほろ苦かった。
五代は立ち上がった。
 「賢太郎。今日は突然押しかけて済まなかったな」
 「うん。何かあったらまた来いよ」
 「じゃぁな」
五代は早々に賢太郎の部屋を後にした。



八 春香の家族

 ごろごろ…。
五代が時計坂駅に着いた頃、ぽつりぽつりと夕立が降り始めていた。
 「敵(かな)わんなぁ。やっぱり傘持って来るべきだったんだよな」
五代は雨宿りしようと、駅前の本屋へ向かおうとした。
 《いや、待てよ…。一刻館には、ばあちゃんがいるじゃないか》
 《春香を預けて響子に迎えに来てもらえば…。そいつはいい考えだ》
五代は公衆電話から管理人室へ電話をした。
 「はい、五代です」
 「あ、響子?俺」
 「あぁ、あなた」
 「今駅にいるんだけど、雨に降られちゃって…」
五代は少し探るように間をおいた。
 「それで悪いんだけど、駅まで迎えに来てくんないかな?」
 「えぇ、ちょっと待って下さいね。おばあちゃん…」
響子は春香のことをゆかりに頼んでいるようだ。
 「もしもし。じゃぁ、今からそちらに向かいます」
 「悪いな。頼むよ。じゃぁね」
 ピカッ…、ガシャーン。
腹に響くような雷鳴が轟いた。五代は思わず肩を竦(すく)めた。
 「おぉ、かなり近いな」
雨粒はみるみる大きくなり、空からガラスのおはじきが落ちて来ているようだった。電車が駅に停まる度、いろいろな模様の傘の波が、五代の前を通り過ぎて行った。新聞紙を被って走り抜けるサラリーマンもいた。
 「あぁ、ひでぇひでぇ」
五代はサラリーマンに同情しながら、何故か自分のこころが躍っているような、不思議な感覚を覚えていた。
 「あなたー、お待たせー」
五代の蝙蝠(こうもり)を持った響子が、点滅している横断歩道を走って来るのが見えた。
 「やぁ、早かったねぇ」
響子は息を弾ませながら、五代に笑って見せた。
 「えぇ。春香がいないと身軽なものだから…」
響子は何気なくそう言ってしまってから、はっと気が付いたように口に手を宛がった。
 《あたし何で浮かれてんだろう?》  《そうだ。春香がいないだけでこんなに気が楽なんだ。何をするにもホントに自由。家事をするのも、管理人の仕事をするのも、こうして五代さんとお話するのも…。》
 《おばあちゃんがいらしてからというもの、あたし、おばあちゃんに春香を任せっ切りにしてた。先日のお庭掃除があんなに清々しかったのも、春香がいなかった所為なんだわ》
 《あたしって母親失格なのかしら》
突然真剣な目で考え込む響子を見て、五代は優しく響子の肩を抱いた。
 「そんな顔しないで」
 「え?あら、やだっ…」
 「ごめんなさい。ぼーっとしちゃって」
五代は受け取った蝙蝠を広げると、響子の頭上に差し出した。響子はにっこりと微笑み、ちょこっと膝を屈めて挨拶(あいさつ)すると、五代にぴったり寄り添って自分の傘を閉じた。
 「行こう」
 「えぇ」
土砂降りの夕立の中をふたりはゆっくりと歩いていた。ひとびとが足早に家路に急ぐ中、ゆっくりと。ひとりで歩くときよりも、ゆっくりと…。
 ピカッ………、ガシャーン。
電光と雷鳴の間隔がさっきより長くなっていた。
 「ねぇ、どのくらい経ったかしら?」
 「え?」
 「あなたとこうして相合傘しなくなってから…」
響子が清まし顔で五代に意地悪を言った。
 「そ、そんなことないよ。いつもしてるじゃない」
 「そうかしら?あなた、いつもひとりで春香抱いているんじゃないですか」
 「そ、そうかな…。あはあは…」
五代は照れくさそうに頭を掻いた。響子はそっと五代の腕を抱いた。
 「でも…、何かいい感じ…」
五代は響子を見た。
 「こうしていると、何故かこころが落ち着くわ」
時計坂を吹き抜ける風に、響子の髪がさらさらと靡(なび)いた。響子は上を向いて微笑んだ。
 「何だか、あの頃の自分に戻れそう…」
五代は響子の言動を意外に思った。確かに春香を保育園に入れれば、響子の仕事も楽になる。そうすれば、こうして響子と過ごす時間も増えるかもしれない。
 「…響子。あの、保育園のことなんだけどね…」
響子は正面を向いたまま、返事をした。
 「あたしはどちらでもいいですよ」
 「え?」
 「保育園のことです」
 「あなたがそう言うんなら、あたしは春香を保育園に入れてもいいと言ってるんです」
 「だってこの前…」
五代はかなり狼狽(ろうばい)していた。響子は続けた。
 「あのときはあぁいう風に思ったの」
 「でも今、あなたとこうして歩いていて、気が変わったわ」
 「……」
五代は、響子のこんな溌剌(はつらつ)とした姿を、このところ見たことがなかった。響子は頬を少し赤らめながら言った。
 「…こんな時間が、少しでも増えて呉れたら…。あたし…」
響子が切なく五代を見詰めた。五代は急に響子の身体を抱き寄せた。
 「あん!」
響子が思わず甘い声を上げる。
 「いいよ。無理しなくても」
 「……」
五代は真っ直ぐ時計坂の上を見据えていた。その顔は、凛(りん)として清々しかった。
 「保育園の話はなかったことにする」
 「えっ?」
正面からバイクが水飛沫(しぶき)を上げて通り抜けて行った。
 「今日、賢太郎の所へ行って来たんだ…」
 「賢太郎くんの所に?」
 「俺、あいつのこと…」
 「あいつのこと、可哀想な奴だとばかり思ってた。おばさんはあんなだし、周りの大人は変なのばっかだし…」
 「それで賢太郎くんは何て?」
 「賢太郎の奴さ、遠い目をして笑ってたよ…」
 「住人(みんな)のこと、家族みたいだって」
突然北の空がちらっと光った。続いて遠雷が聞こえた。雨が小降りになってきた。響子は安らかな顔で目を閉じた。吹き抜ける風が、小さな雫(しずく)をきらきらと真珠のように巻き上げた。
 「あいつさ、一刻館(こんなとこ)いつか抜け出してやる!なんて言ってたけど、こころの中では、もしかしたら、一刻館のこと愛してるのかもな」
 「そうね…」
雷雲がところどころ切れて、東雲(しののめ)色の空を覗かせていた。遠くから雷鳴の鈍い音だけが響いていた。雨は既に止んでいた。
 「家族か…」
響子は両手で坂の手摺(てすり)に掴まると、遠い目で西の空を見上げた。
 「惣一郎さんが死んで、あたしが一刻館に来て…」
 「?」
 「ずっと管理人の仕事ができたのも、あなたと結婚できたのも、そして春香が生まれたのも…」
 「住人(みんな)が家族のように包んでくれたから、愛してくれたから…」
五代は蝙蝠を閉じると、響子と並んで空を見上げた。空はすっかり晴れて夕焼けになっていた。黄昏(たそがれ)色の光がふたりを照らし、寄り添う長い影を地面に落としていた。
 「春香は女の子だ。女の子には溢れる愛情が必要だ」
 「大丈夫よ。一刻館には溢れる愛があるわ」
 「そうかな?」
 「そうよ」
響子は確信していた。
 「一刻館は家族よ。ひとつの大きな家族なんだわ」
 パーン…。
電車のクラクションが風に乗って聞こえてきた。眼下の川が、光の筋のように眩(まぶ)しく赫(かがや)いていた。その上を小さな光の列が西に向かって一直線に滑っていく。五代はその光の列を暫く目で追っていた。
 「そうだな…」
 「大きな家族の愛に包まれていれば、春香もきっと健やかに育ってくれるよな」
 「えぇ。きっと…」
響子は目を閉じて頭を五代に凭(もた)れ掛けた。杏(あんず)色の大きな夕日がゆっくりと沈んで行った。ふたりは理由もなく、ただそこに佇(たたず)んでいた。時間が止まったような気がした。
ふたりは手を繋いで時計坂を登っていた。辺りはすっかり暗くなり、夜空に真珠星スピカがひとつ大きく煌(きらめ)いていた。
 「ばう?ばうばう!」
お腹を空かせた惣一郎がふたりを出迎えてくれた。
 「ごめんなさい、惣一郎さん。直ぐご飯にしますからね」
響子が済まなさそうに話し掛けた。五代は微笑んだ。
 「さぁ、飯だ飯だ」
突然玄関の扉が開いた。
 「よっ!ご両人!」
 「遅かったな、裕作」
 「五代くん、もう勝手に始めさせていただいてますよぉ」
 「春香ちゃん、ママが帰ってきたわよー」
 「ママ!」
一刻館の面々が全員揃ってふたりを出迎えた。五代は一気に肩の力が抜けた。
 「な、何なんだ。これは…」
響子の目が釣り上がる。
 「もうっ!皆さん、こんな時間からもう酔っ払ってるんですか?」
 「へへへー」
朱美が悪びれた。一の瀬は構わず両手の扇子をばっと振り翳した。
 「五代くんたちも帰って来たことだし、改めてパーっとやろうかねぇ、パーっと」
 「いいですなぁ。また盛り上がりましょう」
 「ね?おばあちゃんもさぁ」
 「おぉ。今日はじゃんじゃん飲むろー」
五代は肩を怒らせた。
 「あのなぁ、明日は俺、保育園なんだから!」
住人は五代を完全に無視した。
 「まぁ、いいからいいから」
 「ほら、管理人さんも管理人さんも」
ふたりは背中を押されるように管理人室に連れ込まれてしまった。
 「かかかかかか…」
 「あ、かっぽれ、かっぽれ、よいよいよいよい」
 「うわったしは、キャンデー♪」
今夜も宴会が始まってしまった。春香は響子の膝の上で既に寝入っていた。五代の心中は穏やかではなかった。
 《やっぱりこんな環境でホントにいいんだろうか?》
そのとき、ふと賢太郎のことばがふと五代の頭に浮かんだ。
 「まぁ、そんなもんだよ」
一の瀬は相変わらず扇子を持って騒ぎまくっている。五代はコップの酒を一気に飲み干した。見れば、住人は皆、平和なひとびとだ。嫌味なところが全くない。きっと春香もこのひとたちのことをいつか理解してくれるだろう。保育園なんかに入れなくても、春香はきっと健やかに育つ。
 《これでいいんだ。これでよかったんだ》
五代はひとり微笑んだ。
 「ま、こんなもんか」
空には天の川に架かるように夏の大三角形が昇り始めていた。(完)